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エルジー ルミエール

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エルジー ルミエール

フランスの方すべてがそうだとは思いませんが・・・どことなく気を衒ったというか、違った切り口からまとめるというか・・・裃(かみしも)を脱いで申しますと「 変わってるなぁ 」の一言で、ローマ文明の正当な後継者と自認するなら「 もう少し何とかならんのか?」と個人的には思うことがある。


資料によると1933年頃には存在していたようで、ルミエール社は当然ライカを意識されたはず・・・映画フィルムを使った24X36mmフォーマットではパーフォレーション部が無駄でもったいないと思ったかどうかは別の機会としますが・・・

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パーフォレーションの無い裏紙式の30mm幅のロールフィルム機とすることで、ライカと同じフォーマットで、ライカをはるかに凌ぐコンパクトさを完成させたのです。


カメラキッズでも6年ほど前に、左のモデルをご紹介していますので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。


はたして、今回のエルジーは・・・。   

      

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左右逆回転 絞りの スーパータクマーセット

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左右逆回転 絞りの スーパータクマー セット

ペンタックスはもちろん各社とも市場の活性化に合わせ、量産体制を整え、価格競争の始まる頃・・・ペンタックスは1959年に自動絞り機構のS2を発表、価格戦略的なこともあり、レバーをセットすると絞りが開放になる半自動絞りのオートタクマー55mm2を標準セットとして市場に出し、フィルムカウンターなどを改良し、55mm1.8としたオートタクマーを経て S2スーパーに完全自動絞りの新レンズ:スーパータクマー55mm1.8を標準装備して発売になったようです。

低価格でコンパクト、スーパータクマー55mm2同等の優秀なレンズと評価され、長い間輸出専用レンズとして生産され続けたのです。 その後国内では55mm1.8が主力となり、全盛期を支えたロングセラーであった事は間違いない様です、またネット上で放射能レンズとも揶揄され、話題の多いレンズのひとつになるかと思います。

さて、前述通りロングセラーを誇るのですが、諸事情でのマイナーチェンジも多かったようで、「オートタクマーからスーパータクマーへの着替え時期には絞り環も右回りと左回りとの違い、鏡胴のフルート形状と色違いの塗装や名盤の変更などがあったんゃで・・・」 と若僧の頃上司から何かのついでに教えられた記憶がある。

時代的にペンタックスもS2からS2スーパーさらにS3、S3改と矢継ぎ早の製品開発と生産で必至のパッチだったのか、どの機種にオートタクマー55mm1.8 が搭載され、スーパータクマー55mm1.8 は、この機種にと決めていなかったようで、オートタクマーのスペックレンズにスーパータクマーの名盤を付けたレンズが この頃だけに存在したのです。

今回のご紹介はこの新旧のスーパータクマー2本セットになります、外観的に大きく違うのは絞りの回転方向とA/M切り替えレバーの切り替え方向が真逆なのです。 これがライカだったら大変ですょ・・・某コレクターなどが針小棒大に取り上げるのだろうなぁ。

幸か不幸か、「あゝ ペンタ・・ね」 とカメラ雑誌も細かいことと取り上げず、ユーザーも「別に・・」程度の事だったのか、仕事仲間に話しても「・・・」だから知る人ぞ知るだけなのでしょう。

だから どうだという訳ではないのですが、個人的にペンタックスの愛用者でファンでもあるので関心があるのかもしれない。

製造時期によるのか 製造上の都合か、先を見据えての事だったのかは別の機会として、前述の絞り環や絞り込みレバーの方向くらい・・・ことさら、構えなくても問題のなかった、おおらかな・・あの時代のレンズです。

2016年10月 5日 ただいま作業中 もうしばらくお待ちください。
2016年10月 5日 動作確認完了 カメラキッズホームページにて販売中 XXXXX円

2016年12月19日 売り切れました いつもありがとうございます。

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マミヤ マガジン 35

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マミヤ マガジン + 予備マガジン セット

マミヤマガジン35は 1957(昭和32)年4月に発売され、レンズ・ボディとフィルム・ボディ(マガジン部)が、自由に着脱交換可能なボディ交換式カメラで、カラーと白黒が即時に交換でき「カメラのカメレオン」というキャッチフレーズでデビューし、話題を集めたらしい・・・正直、雑誌記事などではお目にかかっても、実物は今回が初めて、次のご紹介記事は『全日本クラシックカメラクラブ』のレポートを参考にさせていただいております。

時代はカラーフィルムが出かけた頃のお話になります、当時カラーフィルムは非常に高価で、諸記述を参考にしますとモノクロの20倍ほどしたらしい、このようにカラーフィルムが貴重だった頃に先を見据えモノクロとカラーを使い分けられるカメラに需要が集まるとみて、企画、開発したメーカーが数多くありました。

最初に、35mmフィルムで実現したのは西ドイツのアドックス300で、カメラ・イン・カメラ的発想で複数のフィルムマガジンを用意し、日中交換式としたものでカメラキッズホームページとブログにも掲載中です、1956年のフォトキナで発表し翌年年4月に発売されました。 その後、合体式?としたご紹介のマミヤ マガジン35が追いかけるように発売されたのです。

しかし、期待に反し売れ行きは伸びません。マガジン交換を簡単確実化とするためには機構が複雑となり、その結果大きくて重たい高価なカメラになってしまったからだと言われています。

そんなにするのなら、カラー用、モノクロ用に2台用意した方が・・・という結果となって、いずれも成功しなかったようです。 マガジンの開口部をカバーするプラスティック板と革ケースは貴重です。 【 全日本クラシックカメラクラブのレポート一部引用 】

外観的には経年の操作による小さなスレ・エプロン部に使いなずみはありますが特に目立つキズなど無いのですが、ファインダー内のヨゴレ、シャッターの低速ネバリも気になります、 念のためシャッターネバリを重点的に整備作業中・・・

2016年10月 4日 整備中、しばらくお時間をいただきます。
2016年10月 4日 整備・動作確認完了 カメラキッズホームページにて販売中 XXXXX円

2016年12月10日 売り切れました ありがとうございます。

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