ライゼ光学研究所 チヨタックス IIIF 後期型

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ライゼ光学研究所 チヨタックス IIIF  後期型

 

I.C.S輸入カメラ協会の「国産レンジファインダーカメラレンズ特集」によりますと、次のようにあります

 

ライゼ光学研究所が製作、東京銀座の小売店千代田商会がチヨカと言うブランドでライカ I 型のコピー機を1951年に発売しその後 姉妹機を展開されたようです。

 

1953年から1954年にかけて距離計連動式で、B・1/20・・・1/500 とM.Xシンクロの IIF 型が約1500台生産され、この時期にチヨカからチヨタックスに名前が変更されている、おそらくミノルタの ”チヨコー”(千代田光学工業)に近いためだった とされている。

ご案内のIIIF は前述の IIF にスローシャッターを付けXシンクロのみとした最終モデルで、初めはChiyoTaxだったが、後にChiyotaxとなった・・・と紹介されておりました。

 


2024年 4月 2日  ただいま、もう少し詳しい記述を探しております 少しく お時間をいただきます・・はたして

 

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ドイツ製 HUTURA フツーラ って知ってる?

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ドイツ製 HUTURA フツーラ って知ってる?

さて ご案内の フツーラは1942年に設立された Optische Anstalt Frintz Kuhnert が前身で、1951年にFutura Kamerawerk G.m.b.H.に名前が変わっています。


フツーラの最初のカメラは1947年頃のエフカ(Efka)24という、35mmフィルム上に24x24mmの正方形フォーマットの
写真を撮影する、テナックスのような シンプルな小型カメラだったようです。 特徴としてレンズ交換式で、ビハインドシャッターになっていました・・とありますから、多分 基本的には同様な機構なのでしょう。


シャッターユニットはコンパーラピッドを採用し、レンズ鏡胴部の先端には会社名のフリンツ・クーネルトの刻印が刻まれていたとの事

 

今回のモデルは、1950年頃から新しいモデルをフツーラとして製造販売を始めた機械で、後にこれが会社名となっています。

 

このところ ほとんど見かけることが無くなりました・・ですが20年強前はロンドンの中古カメラ市やフリマなどで見かけたもので 価格的にも こなれており、何台か買わされた記憶がある、ウェブ上の記述では 祭り上げられたような内容が多いので‥その方面をお探しの方はネットチェックをお願いします。


個人定な見方になりますが、あの時代ですから ノブ巻き上げでセルフコッキングとしていますから、コンパーシャッターの完成度の高さもあるのでしょうが、タフなボディが特徴だと思っております。


レンズ全群の後ろにシャッターを配したビハインドシャッターとなっており、マウントは非規格ですがねじ込みですから、社外品のレンズも用意されていたらしいのですが、自分は交換レンズ自体を見た事がありません。


当機に付属の標準 EVAR(エバー、エバール)50mm2 は水色ぽっく見えるレンズで、最近のレンズの様にマルチコートされてる筈もなく、瓶の底のように透明感も今ひとつで年代のためかなと思いクリーニングをしても結果は同じで、修理のオジさんも「フツーラのこのレンズって大抵こんなんやでぇ やわらかい硝材の そういうレンズゃと思うけどなァ」と申し訳なさそうにいうから・・そうなんでしょう。


正直、白黒写真 当時の軟調描写レンズではないかと思っております、なんでこんなレンズが高いんゃ・・誰か教えて!

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        ネット上に上図の記述があります・・と お教えいただきました、いつもありがとうございます         

2024年 3月24日 念のためレンズを再クリーニング中 もうしばらくお時間をいただきます。

 

 

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ビューレンズに深度確認の絞りを装備した・・・プリモフレックス Va Topcor 7.5cm3.5 搭載機

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ビューレンズに深度確認の絞りを装備した・・・プリモフレックス Va Topcor 7.5cm3.5 搭載機


さて、世界最大級の二眼レフ総合サイトの二眼里程標によりますと・・・東京光学製造、大沢商会販売の二眼レフブランド・プリモフレックス。プリモフレックスには多くのモデルがあり、最も人気のある機種はオートマットであろうが、最も特徴的な一台となれば ビューレンズにも絞り機構が導入された二眼レフの5A型だろう・・・と紹介されています


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全くその通りで、被写界深度なんて 距離計カメラの深度と同じく 誰も必要としなかったのか・・・良し悪しはともかく、二眼レフ史上ビューレンズに絞りを装備したのは、戦前ドイツの木製フォーカルプレーンシャッター機・メントレット(Mentorett)が存在したとの事、自分の知る範囲ではレンズ交換式のマミヤCシリーズ用105mmDSレンズくらいのものではないかと。


通常機種としてはこのプリモフレックス5A型だけだと思います、ビューレンズの絞りは、レンズ外周のリングで操作する。上下の絞りはルールに従った場合連動して動作するが、ビュー側の絞りを開放にしておけば機構が無いものとして、普通にテイク側の絞り操作が可能。


東京光学としては「露出計不要の新機能」とまでうたったビューレンズの絞りは、面白い機構ではあるが実用上のメリットと言うか利便性が感じられるとは言い難かったようで、正直ほとんど反響が無かったということで次代オートマットへの採用は見送られている。


その他の機構も前モデル4A型から大幅な変更が施され、テイクレンズには新設計の4枚構成トプコールレンズを採用。テッサータイプのレンズは、2型の シムラー以来。シャッターもレクタスから高級仕様の最高速1/500秒セイコーシャ・ラピッドに変更され、ひとクラス上のカメラへと大きく変貌を遂げている。


フイルム装填はスタートマーク合わせ式でシャッターチャージも手動と変更は無いながらも、上下レンズ間左右に絞り・シャッター速度ダイヤルを儲け、ビューレンズ上部で双方の数値確認が可能になった。デザインの変更によって カメラの印象も変わって見えます、


さて、状態として塗装仕上げ部のペイント落ち散在、以外は特目立つスレなどは無いのですが、レザーが経年の硬化でヒビ、割れ散在します、

 

機構的には シャッター機構のネバリの整備グリスアップとレンズクリーニングの作業を検討中、シャッター機構に3ヶ月の保証をお付けしたいので、作業上 前述のレザーに経年硬化によるヒビなどあり、構造的に整備手間もかかります、ピントガラスはむき出しですから、経年のホコリは否めず、ミラー交換など考え中・・結果 決して格安ではありませんが、整備された 東京光学 プリモフレックス Va Topcor 7.5cm3.5 搭載機を・・・お探しの方には・・・おススメです。

 

2024年 3月 6日  ただいま作業中 しばらくお待ちください。

 

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機械式時代の緻密さ②・・・ minolta new SR-1/SR-1s

 

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機械式時代の緻密さ②・・・ minolta new SR-1/SR-1s

 

カメラ機材販売員として現役営業時は、もうTTL測光式一眼レフ全盛の時代で、解放測光はもちろん、電子化へ時代は変わろうとする頃、ニコンF を除き 露出計など組み込まれていない完全機械式一眼といったら ペンタのSL 、ミノルタnew SR-1、ニコマートFSくらいだった。


団塊世代の自分は 露出計すら組み込まれていない 機械式カメラで育ったこともあってか、機械式マニュアル機にこだわりがあった様に思う。


仕事がらみで ミノルタの技術者 S氏と親しくなり、話のなかで 開発裏話などにおよび 自分は感化されたのだと思うのですが、彼によると new SR-1/1s はミラーの動きが引き下がりアップするケラレの少ないスィングアップ大型ミラーなんょ、巻き上げも、後継機と違って軽くはないが 小刻み可能で確実な巻き上げ感など 、タフな機械で、後のモタードライブ式SR-Mにも引き継がれている・・・」 と縷々説明してもらった記憶がある。


newSR-1 と後継機の new SR-1sは1/1000があるか無いか・・と巻き上レバーのプラ製指当ての違いだけで、構造は一緒ゃ、それと気づいてると思うけど、SR-1 は1/500が 最高速度やけど ちょっと行き過ぎた位置にすると1/1000近い速度になるんゃ・・などなど ここでは書けないことも 話題に出来たおおらかで いい 時代だったのですねぇ


話を new SR-1に戻しますが、デザインも タイプなのか・・個人的な意見になりますが
シンプルでカッコよく見えるのです、当時はそれほど人気が出なかったと思われますが、時々中古市場で見かけるのですが、状態が悪くまともに動かないのが多いようです。自分としては当時の自社生産の碧のロッコールへの憧れもあり、状態のいいものを探しては、整備をしてあの緻密な時代のSR-1/1sを今一度 日の当たるところへ出してあげたいと思っているのです・・・。


あの頃
の機械と言うのは「 一生モン 」なんて言われてた時代です、それだけ作り込まれた機械だったのです、修理のオジさんも「整備さえしたら 使えるからなぁ、メーカの良心が形になってるもんなぁ」といつも言っております。


あの頃の
自社生産 大口径 ロッコール58mm1.4 を組み合わせて ご案内出来ればと考えております、さあ クラシックを楽しみませうか。

2024年 2月17日  ただいま整備中、もうしばらくお待ちください。
2024年 3月 4日  BNo411090 LNo5694799 ノベルティバッグとセットにて販売中 XXXX円
2024年 3月 5日  売り切れました ありがとうございます。

2024年 3月 8日  BNo4063739 LNo2062535 MC135mm3.5LNo1108204 セットにて販売中 XXXX円
2024年 3月 16日  売り切れました ありがとうございます。

2024年 3月 18日  BNo4116749 LNo2054134 ノベルティバッグとセットにて販売中 XXXX円
2024年 3月 22日  売り切れました ありがとうございます。

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セコールを載せたマミヤ ワイド とトプコール搭載のマミヤ ワイドE


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セコールを載せたマミヤ ワイド とトプコール搭載のマミヤ ワイドE

 

マミヤ35は1955年から1959年頃にかけて発売された距離計連動式マニュアルカメラ、レンズ/その他のバリエーションが展開されています。

さて、その中から、個人的にも 「お気に・・」 の 広角レンズ 35mm2.8 搭載のマミヤワイドと非連動のセレンメーター付きマミヤワイドEの ご案内です。 これまで関心も無く過ごしてきたのですが、仕事仲間は・・・「今となっては希少カメラになる」 との事で、ブログに載せねば・・と少しく慌てて、ご案内記述は ウェブ上の記事を引用させていただいております。

マミヤ35シリーズは 周知の通り距離計連動式マニュアルカメラ、マミヤワイドは 35mm広角カメラでありながら二重像合致式連動距離計を搭載している。露出計はなく、シャッター速度、絞りは任意に設定(LV値表示あり)できる。レンズはマミヤセコール4群6枚構成、直進ヘリコイド最短60cm。


シャッターはSEIKOSHA-MXL。当時の広告には「6枚構成のF2.8という明るくて、すばらしい解像力をもった広角レンズに、最新式のライトバリュー式シャッターという組み合わせ」とある。ファインダーと距離計窓の間にある円形蓋を外すと、二重像調整ができるとの事。


では、ワイドEはといいいますと、基本的には同スペックなのですが、セレン受光帯にスペースを取られたようで、距離計は組み込まれず、目測式距離合わせになってます。
極めつけはマミヤブランドでありながら・・・ワイドEは東京光学のトプコール35mm2.8が載せられているのです、


これが、Lマウントだったら8~9万した時期がありましたからねぇ、絵作りがたのしめそうです、

 

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2024年 2月 5日  整備完了 、トプコール搭載機は ワイドE に限らず ワイド にも搭載機が極少数あった・・との事で
              根っからの凝り性が発動・・探し回っての ご案内です、上写真のセットになります。
             
かなり珍しいのは確かです、販売価格を検討中 もうしばらくお待ちください。

2024年 2月 7日  まとまりました カメラキッズホームページにて販売中  XXXXX円

2024年 2月 7日  売り切れました、いつもありがとうございます。



 

 

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ガリレオのコンドルって・・・知ってる?

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ガリレオのコンドルって・・・知ってる

記事を考えております、しばらくお時間を下さい・・・ ❤

 

さて、ガリレオ社の設計者は、バルナック ライカを意識したのでしょう・・・不思議な雰囲気をもつイタリア・ガリレオ社によるコンドルI 型。 ライカ B を真似たわけでもないのだと思いますが、ライカの初期頃には 機構的に低速シャッターが無く 無理くり レンズシャッター付きレンズを組み合わす時代もあったのです。

話が脱線気味・・ガリレオは前述のリム式レンズシャッターのデザインを前面に押し出したような雰囲気があります、ライカへのオマージュとして デザイン優先のボディに レンジファインダーを載せ 距離あわせの利便性を高め、セルフセットではないのですが、多重露出防止 レンズシャッターを載せ、高速から低速までをカバーし、さらに ボディレリーズ式のコンパクトなボディにまとめあげていますから、レンズ交換は出来ませんが実用には 前述のライカB型より ずっと使いやすいのです。

カテゴリーから言うと、レンズシャッター式コンパクトカメラになるのでしょうが、デザインに特徴があってミニライカとかガリレオライカとか呼ばれ、ライカコピーのカテゴリーともされる事が多いようです。 シャッターは B.1.2.5.10.25.50.100.250.500と十分のスペック。 全金属製の重量感と指に感じる質感はペラペラなデジカメには無い魅力です。

すべて刻印文字も機械好きには魅力のポイントす。 デザイン的にライカコピーの中に含まれると思うのですが、でも内容的には前述通り、されどレンズシャッターをデザイン的に配置、レンジファインダー部に視度調整ダイヤルを組込みコンパクトでクラシックなバルナック風にまとめるところは、さすがイタリア・・・一流のセンスの良さが光ります。

さて、状態として、年代に比べて、わずかの使いなずみ、裏蓋エッジ部にペイント落ちもなく、レンズも年代相応とはいえ概ねクリアー・・まぁ許せる範囲でしょう。 全体としてキレイな方だと思います。 正直、ライカとは構造も異なりレンズ交換は出来ませんが、ガミ16 のガリレオ社の製品らしく手抜きのない仕上げとスムースな作動は嬉しくなりますょ、また何といってもライカを凌ぐようなこのデザイン、1台は手元に置き、使ってみたい不思議な魅力があります。


ただ、届いた機械は、外観は割とキレイのですが、距離ヘリコイド/沈胴固着/シャッタ―不動など かなりのネバリと汚れ・・のコテコテ状態で動きませんでした。

 

2023年12月27日  ただいま整備を検討中、しばらく時間をいただく事になりそうです。
2024年 1月 8日  整備完了しました カメラキッズホームページにて販売中  32780円

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35mmでスクエァフォーマット の マミヤスケッチ・・・ って知ってる

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35mmでスクエァフォーマット の マミヤ スケッチ


我が失敗談で恐縮ですが、よろしければ お付き合いください・・・❤


さて、この度は、自分が よく確認もせず あやふやなままに 掴んでしまった マミヤス ケッチのご案内です、 間違ったことを申し上げるかもしれませんので、ご注意のうえ ご覧いただきたいと思っております。


買取り出張中 まとめて機械を買い取ることとなった 中に「マミヤ スケッチ」が含まれており、自分は馴染みが無く珍しいと思って、シャッター調子も そこそこだったのでいい値段で買い取ったのですが、帰ってから 修理のオジさんに整備をしてもらうべく 見せると・・・「これ塗装されてるでぇ、爪でこすると剥げるし、アルコールで拭くと融けるしなぁ・・」との返事が返ってきた


「やばぃ・・エライもん掴んでしもぅた #■x▲◎・・」 修理のオジさんは「修理ちゅうのは元に戻すのが基本で、加工したものは触るだけ変になるから・・ワシはようせん・・」と いつも言っております。 お隣さんの様に”ひとのせい”にすればことは 簡単なのですが、自分のヘマなので 赤字やむなし 訳あり/現状にて 売り切るしか無いなぁ・・・の トホホ 状態。

機械として、ウェブ上の記述を引用させていただくと・・・マミヤ スケッチは宮部甫氏の設計であり、ペンタゴン社のペンティをヒントに距離計のないハーフサイズのシンプルな小型カメラとして計画したものだったらしい、コンパクトにするため
24X24mmの四角いフォーマットとし、コマ数を稼いだのですが、ハーフサイズの時代には勝てず少数の生産で終わったとの事。


スペックなど詳しい事に関しては こちら:https://www.usedcameracameracamera.com/camera/mamiya-sketch/ をチェック 願います。

 

さて、機械の状態ですが、概観のメッキ部が 何処かで誰かが シルバースプレー塗装をされており、爪先でこすると剥がれますし、アルコールで拭くと融けて下地が出ました(写真参照)、またファインダー窓にも軽い変形があります。


外観ともかく、シャッター/絞り/距離など年代なりの変化をします、機能的には不具合無いと思われますが、修理のオジさんの言葉通り
整備をせずに現状にて売り切ることにしました。 

 

機能的に似問題無ければ外観は別に・・・や、塗装は詳しいから自分で仕上げたい・・・の方にお届け出来れば幸いです

 

2024年1月15日   カメラキッズホームページにて販売中  XXXX円

2024年1月16日  売り切れました ありがとうございます。

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寺岡精工/寺岡精工所 による オート テラ って知ってる?

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寺岡精工/寺岡精工所 による オート テラ って知ってる?

買取出張で出会った この機械のことは 雑誌などで散見するので、知ってはいたのですが、寺岡と言う名前が個人的に好きになれず 避けていたみたい・・・ この名前には 児童期に辛い記憶が あったのだ ということにしておきませう。

何でも仕事仲間の言葉によるとスプリング式のハカリで有名な寺岡精工 が 自社の得意分野のスプリングを利用した自動巻き上げと言う特徴をもつカメラを製造することで 1955年にカメラ業界参入し 試作機をはじめ 6-7種を製造発売したようですが数年後にはカメラ製造から撤退した・・・との事です。


カメラメーカーとしては一瞬だったと思われます・・興味も出てきましたし、少しネットサーフィンして調べてみましょうか、はたして どうなりますか?

 

ググってみたのですが、想像通りで 寺岡精工に関しては、計測機器を活かしたPOSシステムなどで 食品加工センターや食品製造工場で、TERAOKA は最新技術を活かした幅広い製品ラインナップによるソリューションでのビジネス展開されている・・・と紹介されているだけで、カメラに関しての記述は無し。

 

同趣の方々との話や 雑誌/ネット記事などで・・オートテラIIとスーパーは、1950 年代後半に寺岡精工所によって製造された、レンンズシャッター、連動距離計、スプリング モーター装置を備えた日本製の 35mm カメラで、それらに先立って折り畳み式のAuto Terra が登場したらしいと聞かされていたのですが・・これは別の機会としませう、前述のネットサーフィン中ウェブ上の camerapedia でヒットした記述を見つけましたので、次に ご案内いたしております

                          **********

 

さて Auto Terra II と Super はすべて、滑らかな丸みを帯びたボディを共有しています。ビューファインダーと距離計は上部ハウジングに統合されており、共通の接眼レンズを共有しています。ファインダーはブライトフレームタイプで倍率は1.0倍、第2像窓は菱形としている。滑らかなトッププレートには名前の彫刻、アクセサリーシュー、モデルによりますが 露出計の窓があり、裏側には小さなフィルムリマインダーディスクが付いています。

共通のスペックとして メインリリースはボディ前面にあり、その隣にはケーブルレリーズ用のネジとフィルム送り用のセレクターがあり、本体の両側にストラップラグが付いています。背面は右側にヒンジが付いています。また 底板の右端には三脚ネジがあり、もう一方の端にはモーター巻き上げキーと巻き戻しクランクがあります。

Auto Terra II モデルには、レンズ バレルに別個のレバーがあり、写真家の左手で操作して、バネ駆動の前進を解除し、シャッターを切ります。スプリングモーターをフルロードすると、12 回の露光が可能になります。また カメラを十分に速く操作すると、これら 12 回の露出を 4 秒で撮影できたとの事です。   


後のオート テラ スーパーと比較したオート テラ II の 他の共通の特徴として、ビューファインダーと距離計用の別個のウィンドウ、フラッシュ アクセサリー シュー、メイン レリーズの下に配置されたケーブル レリーズ スレッド、さらに
鏡筒部は奥から手前に、奥にフォーカスタブと被写界深度表示のあるフォーカスリング、タブ付きスピードリング、絞りリングがあります。

また、オリジナルのAuto Terra II には、ファインダー内の自動視差補正機能があります。上部には丸い露光カウンターウィンドウがあり、メインレリーズの下には銀色のセレクターがあり、二重露光のD 、自動送りのA、巻き戻しのR、のモードが選べます。


レンズ鏡胴はブラックとクロームの混合仕上げで、アドバンスレリーズ、フォーカスタブ、スピードセレクタータブは明るい色で、天板にはAUTO Terra II、鏡筒前面にはAUTO TERRA IIと刻印されています。
シャッターはセイコー-MX(B、1-500)です。レンズは Plover 44/2.8 で、以前のAuto Terraと同じです。

 

オートテラ II は 1956 年 12 月から日本の雑誌に掲載され、同月から 1957 年 10 月まで広告が掲載されました。アサヒカメラの1956 年 12 月の広告には価格が記載されておらず、このカメラが「日本初の自動巻きカメラ」であると述べられています。 おそらくプレシリーズレベルに留まっていた以前のAuto Terraを無視されたような内容だったらしのです・・長い広告期間にもかかわらず、オート テラ II が実際に販売されたかどうかは定かではなく、現存する例も知られていません。

 

その後継機となる Auto Tera IIB の主な違いは、視差補正機能がないことです。その他の内部変更も報告されており、特にスプリングアドバンス用のより強力なガバナーが挙げられます。上部に三日月型のフィルムカウンターを備えています。レンズバレルはすべてクロームで、黒いスピードセレクタータブが付いています・・・と紹介されていました。

 

オートテラ IIB は日本の雑誌の 1957 年 12 月号、1958 年 1 月号および 2 月号で発表され、1957 年 11 月から 1958 年 10 月まで広告が掲載されました。 アサヒカメラの 1958 年 2 月の広告では、価格は21,500 円。


変わったとこでは、Auto Terra Super P は日本の警察向けに特別に作られたバージョンで、西洋の警察で一部の ロボット camera が使用されていたのと同じように、交通違反を記録するために使用されていたらしいのです、また販路を広げるため Auto Terra Super の別の民生モデルとして、警察バージョンも報告されており、これは商用バージョンとほぼ同一であるが、上部と下部のプレートだけでなく、さまざまなノブ、ボタン、リングも完全に黒く仕上げられていたとの事ですが、これらは今のところ観察されておりません。

 

Auto Terra モデルは商業的には成功しませんでした。生産は1962年に中止され、一連の テラ 開発/設計 に取り組んでいたエンジニアの一人である 林幸信氏 は、バネ駆動式カメラを開発する別の会社(確かキヤノン)に雇われたと言われているが、2016年に退職されています。その後 前述のプロジェクトは、高価な機能を満載したカメラから、より安価な量産モデル (おそらくCanon Dial 35 ) に移行しました。 【camerapedia 引用/参考】

 

2023年11月17日  ただいま整備内容を検討中、ボディのフレームがアルミで薄いため加工所への外注予定。

 

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ツガミ製作所 ツガミ エイト 標準・広角・望遠セット ②

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ツガミ製作所 ツガミ エイト 標準・広角・望遠セット ②


無駄話をひとつ お付き合いください・・・2017年3月に 当ブログで ご紹介したことがあるのですが、このところクラシックな8ミリカメラに人気があるらしく、アクセスも多く、メールなど頂きますので、確か 1セット 手持ちがあった筈・・と広くもない倉庫を アセアセと探していたのです・・・諦めの悪い自分に神様も憐憫を垂れたもうたのでしょうか、紙袋にまとめて入れていたのが見つかりました。


と言う事で 改めてのご案内です、記述内容は前回と同じ内容ですので、ご了承願います。

 

自分がダブルエイトの8ミリに傾倒しかけたのはスーパー、シングルの高倍率ズームとフェード、オーバーラップやにレンズ交換、さらにこれでもかとワイプ機構を搭載した超高級8ミリが全盛の頃だった。



ガキの頃に 時々 父
親に連れられて見た 三本立て映画の幕間のニュース映画の影響もあったのか、複雑そうなシネカメラを「ニッ・・」と 鍛え上げた笑顔で構える兵隊さんがカッコ良く見え、映画内容はともかく何かが心に刻まれたのかもしれない。 



現役 若僧のころ 8ミリ好きのお客と話もはずみ小型映画という雑誌に感化され、某写真館のご隠居から「アルコテクニカがあるから 使うてみ・・」と借りたのが病みつきになるのです。



ツァイスの特徴のあるムビコンや ターレット式ボレックス存在を知るにつれ、集めては机の上に艦載機よろしく並べては

喜んでいた頃に、自分とは気の合わなかった意地悪上司が 「ツガミ」って8ミリがあってなぁ、カメラを構えるみたいにして写すんょ・・・と満面の笑顔で話して下さったのです。



それが、ツガミとの最初で最後の出会いで、資料雑誌では見かけるものの、大した記述も無くコピペでお茶を濁す感じの記事ばっかり、自分も名前を知ってから この45年間 一度も現物を見た事がないからかなり少ないのは間違いないようです。



ツァイスのムビコンは ただでさえ、不人気な機械だったと教えてもらっています、そのムビコンの模倣機を作る案にOKを出したツガミのご担当だった方に感謝の拍手を送りたい。


ツガミ・・・津上製作所って超精密旋盤など世界で活躍されてますから、戦時中は軍需に少なからず関係があったはず、戦後は平和産業として内政にもかかわって成長し、か・金があったのでしょう・・・だったら、ツァイスを凌ぐ8ミリをツガミが・・・と野望を抱いたかもしれない。


設計者は、スペックとして レンズ交換は絶対条件、マルチシャッタースピード、一コマも欲しい、ボディは堅牢で・・と希望を全部盛り込んだ結果、見かけよりはかなりの重量級。

 

機能的には、前述のムビコンから露出系機構を省き、代わりにレンズ交換を追加した形になります、バヨネットマウントでのレンズ交換、ブライトフレーム式の広角、標準、望遠が組み込んであり、背面で切り換えが可能。 ムビコンに追いつき凌駕するものを目指して形にしているのは大したものです。


当機にはセットの標準と広角・望遠の3本のレンズが付属します、レンズ状態としては年代もありますから、ヨゴレなどは否めません、念のためにクリーニングをする予定なのですが、スタッフの健康検査を優先しており、整備などは それから といたしております。

 

構造的に、レンズは 小さくとも絞り機構などは一般のレンズと同じですから、小ささのため指も入らず手間は大変、しばらくお時間をいただきます

 

クラシック8ミリファンの方に・・・是非。


2023年10月  8日  駆動部のネバリもあるようです、しばらくお時をいただきます。
2023年10月15日  確認中にボディ底塗装に劣化ヒビで剥がれが出ました、接着補修をしてみたものの、やはり気になります
             まず見かけないセットなので キレイなボディを探してみます、見つかればいいのですが・・▲□◎#?

2023年12月14日  下写真の代替ボディをゲット、前述セットでの販売となります 

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2023年12月15日  写真の手前のボディをセットにして カメラキッズホームページにて販売中  67980円

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ミノルタ 35 IIB スーパーロッコール 50mm1.8 付

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ミノルタ 35 IIB と ともにデビューしたアクロマチックコートの スーパーロッコール 50mm1.8


今は諸事情でカメラ産業から撤退された関西のカメラ総合メーカーのミノルタ・・・ウェブ記述を信用しますと、歴史は古く日独写真機商店として起業、1929年(昭和4年)には、1号機を屋号の日独写真機商店の「ニ」、フォトグラフィーの「フ」、カメラの「カ」を合わせて創った冠名のニフカレッテを発売されています。


その後 社名をモルタ合資会社、千代田光学精工株式会社を経て 次に紹介するミノルタカメラ株式会社となったのです。

                   

ニフカの後、1933年に田嶋一雄氏は『Mashinery and INstruments OpticaL by TAshima』の頭文字からMINOLTA:ミノルタと名付けたのです・・・これは仲良くしていただいたミノルタの技術者 S氏 から教えていただいたから間違いないはず。

 

属に言われる「 稔る田 みのるた 」は田嶋一雄氏の心映えを言っているのだと思います。

話を戻して、総合メーカーの面子にかけたのでしょう、いち早く ライカLマウントのレンズ交換式距離計フォーカルプレーンシャッター機と35ミリ判カメラとして、ミノルタ 35 Iを発売します。


各紙に上梓されている通り、当初は35ミリフィルム使用ですが、ニコンと同じく 24mmx32mmサイズだったようですが、雑誌記事によると自動現像機の普及により対応できるフォーマット
24mmx34mmに そして最終的には ライカと同じ24mmx36mm となり、レバー巻き上げにインプルーブされ ミノルタ 35IIBとして登場することになったのです。


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不思議なことに、フォーマットが3度変更されても、ボディサイズは変わっていません・・・修理のオジさんは、このアタリに興味があるのか、「難しい事をやるなぁ・・」と独り言ちてる。

 

今回、レバー巻き上げとなった最終型のミノルタ35IIB 型に アクロマッチックコートの大口径 スーパーロッコール 5cm1.8 をセットご紹介できることとなりました。ブームの当時はレンズだけでも80,000~90,000円 は していましたからねぇ、とても手が出せなかったですねぇ   

 

外観はいいのですが、年代もあり シャッター低速ねばり、レンズの ヘリコイドなど固着状態・・・何とか生き返らせたくて整備とグリスアップを検討中、動きますように・・。


2023年  9月 22日   念のためシャッターを含め各部整備・グリスアップ、クリーニング を検討中、お時間をいただきま
2023年  9月 26日   整備完了しました』カメラキッズホ-ムページにて販売中  XXXXX円

2023年  9月 27日  レンズの拭きスレが どうしても気になるので、「何とかして・・」とのご希望があり
            代替レンズを探しております、もうしばらくお時間をいただきます。

2023年10月 14日  キレイなレンズを装着、距離計調節を済ませました ホームページにて 販売中 XXXXX円  

2023年12月 20日  売り切れました ありがとうございます。

 

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